週末は福島の友人が遊びに来てくれた。 少しずつ採れはじめた野菜をお家で野菜料理を作って食卓を囲む。 小さな歓びを分かち合う仲間がいてくれるのは嬉しい。 ちょっとした幸せな時間を味わえる。 そして、一緒に畑で草むしりをする。

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 今わたしがいるのは、南三陸の土地だけれど、どこかに置いてきた何かを”語り”を通して自分の言葉にしていくことが大切なときもある。 ここ1週間、哀しいことも苦しいことも悔しさが重なって自然に涙があふれていた日々





 南三陸の海が心を癒してくれた 







 この1年近く、対話などの記録を自分のためにとっていてまた再び聴くタイミングがこういう時にやってくる 



 一昨年、フリーペーパー作成のためインタビューをするために飯館村から北海道へ移住した友人との会話の記録を再び聴いてみた 


 飯館から新しい土地に移り住み、再出発した畜産農家



 想像するだけで沢山の苦労があっただろう 辛いことや故郷を思い出す時間もあっただろう 不安や葛藤、喪失の中で生活を再建しなければならないという覚悟もあっただろう 





 故郷を離れた自分自身の今の心境と重なる部分があった 

 いろんな居場所をもちながら生きれる農村の役割がある



 見えるものだけではなく 見えないものとの関わりがそこにはある


 農業はその土地の神様に守られている なくなった命が魂となって生き続ける かけがえのないものが福島にはある 



 少なからず、この原発事故は日本の社会的背景が特に農村においてはダメージが今でも続いていると実感している。 


年月が経てば経つ程、より一層根深く、コミュニティが壊されていく。


 だからこそ、精神的な保持が難しくなる。

 過去の出来事をあらゆる角度から紐解くように、今のタイミングでココに書き残すことが歴史の1ページなのかもしれない。 


 ただ、私の周りにいる人たちの、つながりをもち生きる人々の支えになっていけたらと想う。 わたしの心を介して関わる人たちに愛をもって癒していけたら。 



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 地球はこれ以上”成功者”を必要としていません。 地球は、平和を作る人々、癒す人々、修復する人々、物語を語る人々、そしてあらやる形の愛する人々を、心から必要としているのです」 ーダライ・ラマ