胸の内から沸き上がる気持ちはふとした瞬間にやってきて
眠っていた
気づかないふりしていた
蓋をしていた
記憶や感情が
時に

顔をだすように
わたしの頬から流れ落ちている涙は、


哀しみも
切なさも
寂しさも
言葉で伝えられぬ感情があることも
許し、認め、受け止めていく




わたしはあのとき、何が正しい、何が安全、という答えなんてなかったし
不確かな情報に惑わされ

今思えば

無頓着だったこと
無知であったこと



自分の身は自分で守るという



自己責任

自己選択

ということでしかなかったこの社会に起きた出来事に、憤りも嘆きさえも当時は外には向けられず、ぎゅっと握りしめたまま胸の内に閉じ込めていた








それは後悔してないと言ったら嘘かもしれないけど
ただあの時は、ここで生きる覚悟をもち、ここで生きる私にとっての最良の選択だったことは間違いない。





揺れ動く気持ちの中で、
ある心を、ある感情を置き去りにしたまま
そこで耕し続けた



土から離れることがなかったわたしは、被爆というリスクを背負って

その土地が守られてきた代々続く農家として耕した2010年からの経験や出来事


女として生きたいと想いはじめていく中


積み重なった8年の月日の中で、
心と体が解離し始めて
この土地で生きることが苦しくて
自分で自分の首を絞めていた


何かに追い詰められ
何かに問いざされ
何かに縛られていた


どこかに"逃げ"場所を探して




原発事故、放射能という言葉さえ
日常の中で消えつつあり
過去として静かに消えていく、心の中で続いている悔しさを向ける矛先さえ見つけられず


周りに声もあげられず
言葉にすることさえ歯がゆくて
弱音さえ吐けない自分になってて
去ることになったのは言うまでもなく



たまに襲ってくる言葉にならない気持ちが、感情の揺さぶりとともにバランスを
保てなくなる



誰かに助けを求めたり

誰かにこの想いを届けようと思っても


話せる相手がいないと心を閉ざしてしまうこともある




今回の参議院選挙の演説は
さまざまな情報が飛び交う中でも
大切なことと向き合っている大人たちの言葉、姿が心を打つ。


宮城県民となった今、福島の地で生きる人間ではないのだろけれど



これからも人生の延長上にあり続けていく福島で生きたわたし。

福島での時間、友情、経験が失っていくような寂しさを抱えながらも
この南三陸の土地にきた意味を探しながらの毎日。





先日野菜の注文いただいた、福島の友人からいただいた言葉が嬉しさのあまり涙が溢れてしまった。


その彼女は福島の農家と繋がっていて、私以外にも農家さんとの関係性を大事にしている方。

移住する前までわたしの作った野菜を料理教室で使っていただいておりました。

今回、南三陸で作った野菜を送ったのですが、購入することでコスト(送料)もかかり、土地が離れているからこそ、地のものを大事にしてほしいからと私は福島の農家の購入を勧めた。


しかし、彼女から返ってきた言葉は、



【久しぶりに瑞穂ちゃんのお野菜が食べれてシアワセです♡

もちろん、お野菜を使う側だと、安いのは一番かもしれないけれど、私はね、瑞穂ちゃんのお野菜だから買いたい!って想いもあるのです♪】と伝えてくれた。



このメッセージに、こみ上げてくる想いがありました。

わたしの大切な人たちにしあわせを運べる野菜があるってことに気づきました。


自分の中では、これからどうして生きていくのか渦中にいた中で、ひとりでもよろこんでくれる人がいることが何よりありがたいことなんだろうと。


ここでやる意味があるのか自問自答していく中で、自分が必要としてくれる人がいるありがたさ。


また一からお客さんをこの場所で見つけていくには心的エネルギーもかかります。けれど、私にしかできないこと、使命があれば続けていきたい。



その中で今まで繋がった人たちからご注文いただけることは何よりも幸せでありがたい気持ちでいっぱいになります。

心からありがとうございます。


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