沖縄のこと想う特別な日。

だけど、沖縄に住んでいたら日常の暮らしの中に戦争のことが、言い伝えられる言葉が、情報が、そして学びがあるのだろう。だから、特別という言葉は、外の人が使う言葉でもある。
この日の出来事が一年に一度、大きく報道されるのはこれまでもこれからも変わらずにあるのだろう。


けれどもこの日に想いを向けるのは、きっと東日本大震災も原発事故のことも同じこと。
起きた出来事を忘れてほしくない、後世に残したいという想いや祈りが伝え続けられる。
昨日は夏至だったのでキャンドルを灯し、静かにこの地球へのやさしさ、平和、大好きな仲間たちの幸せを祈った。


今日は沖縄に想いを馳せて、戦争が起きたあの時代はどんな日々だったろうと想像し、どんな言葉で伝えられていくかを情報を選びとっていた。

彼女の伝える力と、伝えたいという想いがここまで私を動かすものかと思う。
15年生きてきた彼女の島と先祖や生きた人々の想いが重なり響きあったスピーチに感動した。




言葉にならぬ消えていく声に、
言葉を発せず失われていく命に、
希望も可能性も溢れた、生きたいと願った人々や全ての生きとし生ける命が途絶えることの無念さは、はかりしきれない。



でも私たちはこの世界に、この地球に生きることは生かされているということ。



ありがとう、ここで生きるということ。


過去の生きるを伝えてくれてありがとう。